2020年12月28日月曜日

文献紹介:Separation of the sp3 and sp2 components in the C1s photoemission spectra of amorphous carbon films

 題名:Separation of the sp3 and sp2 components in the C1s photoemission spectra of amorphous carbon films

著者:J. Diaz, et. al.,

DOI:doi.org/10.1103/PhysRevB.54.8064

論文採択日:1995.12.18

概要:2種類のアモルファスカーボン膜をPLDでシリコン基板に蒸着し、その硬さはそれぞれ22GPa、40Gpaであった。この膜に対してXPSによってC1sピークを測定したところ、284.3±0.1eV、285.2±0.1eVのピークに分かれ、これらはそれぞれ、sp2-C、sp3-Cと同定された。これから推定されるsp3の割合を推定したところ、硬い膜では2/5、柔らかい膜では1/4であった。次に硬い膜を異なる温度でアニールしたところ、900Kまではsp2とsp3の割合を保っていたが、1100K以上になるとsp3の割合は減少した。また、900K以上のアニールではC1sピークが0.3±0.1eV程、低結合エネルギー側にシフトした。このピークシフトはC1sピーク非対称性の変化とUPSにおけるフェルミレベルでの状態密度の変化に相関がみられた。sp2-C原子やπ結合が存在しているにも関わらず、900K以下の硬い膜でπプラズモンが確認されなかった。

 

・成膜条件

表1:PLD(波長523nm)で成膜したアモルファスカーボン膜 HP: High Power,(1010W/cm2) LP:Low Power(~109W/cm2)。膜厚500Å。

・測定条件

ベースプレッシャー:5×10-11mbar。Mg-KαX線(hν=1253.6 eV)、HeI(hν =21.2eV)、HeII(hν=40.8eV)XPS分解能0.8eV, UPS分解能0.4eV。

 

図1:HP a-C, LP a-C、及びグラファイトにおけるC1sピークの比較。FWHMで比較するとHOPGで1.1eV、HP、LPでそれぞれ1.9eV、1.8eVとなる。


図2:HP a-Cを異なる温度でアニールした場合のC1sピーク。1200Kにおいて1.4eV幅が広がり、0.4eV程低結合エネルギー側にピークシフトを起こしている。


図3:C1sとπプラズモンエネルギーロスピーク。グラファイトとLPにおいてプラズモンピークはC1sピークから6.4eV結合エネルギーが深い側に観測される。HPでは、900K以上においてのみ観測される。

図4:複数温度でアニール後のHP a-C1に対するHeII UPS。グラファイトのスペクトルは参考文献15から引用(hν=45eV)。3eVのところに観測されるΠ結合ピークはアニール温度が上がると増大するが、この傾向は900Kで止まる。


図5:HeI UPS。フェルミ面近傍を拡大。グラファイトに特徴的なピークが全て観測されているわけではないため、a-Cにおけるグラファイト化は完全には起こっていない。 


・結果と考察

a-CのC1sピークフィッティングについて、ローレンツ関数は215meVに固定、ガウス関数は1.25eVを用いた。また、サンプル温度が上がるにつれてsp2ピークについては1300Kで1.2eV、1450Kで1.1eVとガウス関数の幅を狭めた。尚、sp3ピークについては幅を変えていない。また、sp2ピークについては、Donic-Sunjic関数を用いて、非対称性パラメータαを導入した。このαはフェルミレベルでの電子状態密度に関係し、グラファイトや芳香族のC1sピークを表現する際に用いられる。HOPGグラファイトにおいてαを測定したところ、0.14であり、参考文献20や23と一致する。また、Chenによる値0.075よりは大きい。Mn Kα線励起によるピークの非対称性がαの絶対値が不一致となる原因となっている。MnKα線自身の非対称性は一定なので、スペクトル間のαについて相対的な変化のみを見ればよい。

 C1sピークのフィッティングについては5つのパラメータを用いた。それは、sp2とsp3ピークそれぞれの結合エネルギーとピーク幅、そしてsp2ピークにおける非対称性パラメータである。Fig.1.においては、a-Cフィルムのαの値はHPでは0.11±0.01、LPでは0.19±0.01となる。sp3の結合エネルギーの位置は参考文献13より0.2eV大きくなっている。

 sp2及びsp3ピークの結合エネルギー、sp3-Cの濃度、非対称性パラメータについてFig.6に示した。

 

図6:HP a-C膜におけるsp2及びsp3ピークの結合エネルギー、sp3-Cの濃度、非対称性パラメータαをグラフにしたもの

これによると、HP a-Cにおけるsp3の割合は40%となっており、LPの場合の2倍に及ぶ。これは定性的にはHP a-Cの方が表面硬度が高いことと一致する。また、sp2とsp3間のエネルギー差は0.9eVとなっており、これも以前の報告と一致する。エネルギー分解能がどの程度影響を与えているかはわからないが、C1sのピークシフトは以前のものより0.2から0.3eV程大きい。

また、室温から1000Kにまで温度が上がるとsp2ピークが0.3±0.1eV低結合エネルギー側にピークシフトしている。これは帯電効果で示されたものではなく、UPSにおいても同様のシフトを起こしている。更に同様のシフトが光学ギャップを持たないLP a-Cにおいても観測されている。この0.3eVのピークシフトはフェルミ準位での電子状態密度の増大そして非対称性パラメータαに関係している。このC1sピークシフトとフェルミ準位の状態密度の関係はC1sピークシフトが励起された炭素原子の電荷緩和の変化によるものであるということを可能なものにしている。

 アニールしたa-CにおけるC1sピークシフトはグラファイトより低エネルギー側に0.3eV小さく、これはフェルミ準位での状態密度がアニールしたa-Cの方がグラファイトより大きいことを示す。もし、グラファイト層が作られるより高い温度でアニールされれば、層間距離が縮まり、sp2によるsp3の代用がa-C膜の中で起こるであろう。これが起これば、基板面内で膜が膨張するので膜内応力が高まる。プロファイルメーターを使って基板の反りを測定したところ、a-Cの膜内応力が室温では2~5GPaであったところ、1300Kにアニール後では、30GPaにまで増加していた。30GPaに及ぶ膜内応力により層間距離が縮まり、このことによって電荷密度が増大する。アニールしたa-Cのフェルミ準位で状態密度が増大する第2の理由は層内での結合状態が無秩序(bond disorder)になることである。ガウス関数の幅がHOPGでは0.8eVなのに1300Kにアニールしたa-Cでは1.2eVになることより膜内にbond disorderがまだ存在していることを示す。例えば、六員環の代わりに5原子によるリングができて、その電子がフェルミ準位に存在する。

 最後に900K以下のHP a-Cスペクトルにおいて、sp2結合やπ結合電子の存在がXPSやUPSから証明されているにもかかわらず、πプラズモンが欠損していることに言及する。この理由はdisorderによって生じたπ電荷が局在化していることに起因しているかもしれず、このことは半導体的な性質を持つこれらのフィルムが相対的に低い非対称性パラメータの値を持つことと辻褄があっているかもしれない。しかしながら、半導体a-Cにおいてπプラズモンの欠損は一般的な話ではないかもしれない。というのも、HP a-Cより大きな光学ギャップを持つ水素化a-Cにおいてはπプラズモンが観測されているからである。a-Cフィルムにおけるπプラズモンの強度とエネルギーはおそらく、π軌道やlocal disorderを形成するp軌道との重なりが関連しているかもしれない。以下の2つの理由からdisorderはπプラズモンの強度に影響を与えているかもしれない。1つ目:グラファイトと比較して、p軌道との重なりが減少しているかもしれない。2つ目:グラファイトと比較して励起状態が短いためにスペクトルの幅が広くなっているのかもしれない。

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